現在の百草園は松連寺という徳川家康の長男である岡崎三郎信康を追悼する ため再興した寺の境内を利用した庭園です。
園内の中央にある寿昌梅は松連寺が再興されたときに植樹されたといわれるものですから 樹齢約300年の梅の木といえるわけです。(2〜3月が梅の見ごろ)

また、百草園は江戸時代より「江戸名所図会」に紹介される名所でしたので、特に文学の 世界に名を残すような歌人、文人が多数訪れているといいます。
そのなかでも若山牧水は百草園を愛する歌人として有名で恋人を連れて訪れていたそうです。 (若山牧水の歌碑があります。)結局、牧水は百草園に一緒に来ていた恋人とは破局したそうですが、 そのときの歌は歌集「独り歌へる」にまとめられています。

若山牧水の歌碑に刻まれた歌です。
○ 山の雨しばしば軒の椎の樹に ふり来てながき夜の灯かな
○ 摘みてはすて摘みてはすてし野の はなの我等があとにとほく続きぬ
○ 拾ひつるうす赤らみし梅の実に 木の間ゆきつつ歯をあてにけり
若山牧水のほかには北原透谷、徳富盧花、田山花袋などの文人が百草園に訪れていたといいます。